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ずっと。
ずっと闇の中を彷徨っていた。
一筋の僅かな明かりさえなく、自分が何処に立っているのかさえも分からず、唯ひたすらに暗黒の淵を彷徨い続けていた。
ここは何処だ―――
確かに歩いている筈なのに、地を踏みしめる感触はまるでない。
ゆらゆらと漂う訳でもなく、ずしりと重石で沈められている訳でもない。
ただ、酷く息苦しく、不快な気分にさせられる。
光を求めて闇雲に突き進むのだが、前に進んでいるのか後ろに引き戻されているのか、全く分からない。
ズキズキと刺し抜かれるような鋭い痛みに、間断なく襲われた。
クソ・・・
逃れたくても逃れられない。
闇に紛れ怪しく蠢くものは、怒りや憎しみ、哀しみ、恐怖・・・、そして繰り返される呪詛の言葉。
ありとあらゆる『負』の感情が、容赦なくオレを襲い、苛め続けている。
なぜ、オレはこんな処に居るのか。
ここはまるで、永遠に果てる事の無い無間地獄。
頭の中には引っ切り無しに呪いの言葉が突き付けられ、身体には耐え難い痛みがこれでもかと襲ってくる。
なんだか過去の罪業を一気に暴かれ、我が身に振り掛けられているかのような気分になってきた。
ひょっとして、ここは地獄の一丁目なのか。
なら、閻魔大王はどこに潜んでいやがる・・・。
闇の発する阿鼻叫喚の地獄絵図に皮肉な笑みを浮かべ、散々悪態をついていたが、とうとうその場にしゃがみ込んでしまった。
気分が悪い。吐き気がする。
ザラザラと心を逆撫でされるような不快感ばかりが募っていく。
どうせなら一思いに殺ってくれりゃいいものを・・・と、半ば自棄になりながら辺りを見回すのだが、
オレを取り囲んでいるものは、相変わらずの煩わしい闇ばかり。
任務とはいえ、今まで幾多の命をこの手で葬ってきた報いなのか・・・。
このまま闇に押し潰され、ジリジリと死を迎えるのかもしれないな。
ま、これも一つの忍の在り方か・・・と自嘲気味に目を閉じた。
『忍は己の存在理由を求めてはいけない。ただの道具に徹しろ』
非情なまでに貫いてきた忍の道。
私情を挟む事など許されないと、ずっと信じて戦ってきた。
骨一つ残らないのが忍の最期。
誰かに己の存在をずっと覚えていてほしいなんて、願った事などありもしなかった。
なのに・・・。
心が揺らいだ。
その結果がこのざまだ。
青臭いガキじゃあるまいし・・・。一体何を考えているんだ、と自分でも呆れ返ってしまう。
ふわ・・・ふわ・・・
温かく、とても懐かしい気配が、時折オレを包み込んだ。
手を握り、髪を撫で、頬に触れて―――
闇に呑み込まれそうになるオレを、懸命にその温もりで守り通そうとしているかのようだった。
どういう訳なんだろうなあ・・・。
この気配に包まれる度、小さなガキみたいに大声上げてワァワァ泣きたくなってしまう。
そう、それはまるで、大きなものにしっかりと見守られているような安堵感。
大切な人にしっかりと抱擁されているような幸福感。
ふと――
唐突に思い出した。
この気配・・・、初めてじゃない・・・。
そうだ、前にも感じた事がある。
いつだったろう、この懐かしい感じは。
もっとぼんやりとして、もっと曖昧なものだったけれど、確かにこの気配を以前感じた事があった。
そうか、だから懐かしかったのか。
あれは・・・あれは確か・・・。
やっぱり、こんな風に闇に取り込まれて・・・。
いろいろな過去の記憶が、走馬灯のように蘇る。
一生の師と仰いだ先生の事。
無茶苦茶な事ばかりやってた大切な仲間達の事。
そして初めての部下となったアイツ等の事・・・。
結局、ばらばらになっちゃったんだよな。
あの日、サクラが泣いて止めにかかったってのに。
ゴメンなー。また元通りになれるって約束したのになあ・・・。
サクラ、といえば・・・。
そうだ。こんな事もあったっけな・・・。
第七班が空中分解した後、ある日、五代目に呼び出された。
サスケは里を出て行ってしまった。ナルトの奴は自来也様が面倒を見ることになった。
残るは一人・・・
『春野サクラの処遇をどうするか――』
出来ればこのまま面倒を見てやりたかった。だが、オレはオレで任務があって、ずっと付きっきりという訳にはいかなかった。
一体どうすればいい。
何がサクラのために一番になるのか。
答えの出ないまま、火影室を後にする。
ぶらぶらと廊下を歩いていると、
「カカシ先生ー!」 見慣れた薄紅色の髪の毛が、こちらに向かって飛び跳ねてきた。
「やあ」
「先生、久しぶりー!」
眩しいほどの満面の笑み。
どうすれば、そのお前の笑顔を守ってやれるんだろうなあ。
「・・・ちょっといいか?話がある」
アカデミーの空き教室を見つけ、適当に座らせる。
「話って何?」
「実はな・・・」
第七班としての活動は終了の事、そして、ナルトの新しい門出の事を告げた。
「で、サクラ。お前はこれからどうしたい?何かやりたい事があるなら、力になるぞ」
「・・・・・・カカシ先生と一緒には、いられないの?」
「んー、オレも任務で結構里を空けるからね・・・。残念ながらそれは無理だ。第一、二人だけじゃ基本小隊も組めやしない」
「そう・・・だよね」
「ごめんな」
「ううん、それじゃね先生・・・。私、医療忍術を学びたいな」
「医療忍術?」
「うん、前に先生やサスケくんが倒れた時に痛感したの。私に力があればって・・・。そうすればみんなを守ってあげられるのにって・・・」
「へえ」
「でね。あの時、綱手様の術を目の当たりにして、『ああ、私もこんな風にみんなを助けてあげたい』って心の底から思ったんだ」
「だから綱手様に弟子入りしたい」と言い切ったサクラの瞳は、恐ろしいほど真剣で・・・。それでいて、キラキラと輝いていて。
未来の不安など、これっぽっちも感じさせなかった。
いつの間にか、オレに頼らずとも自分の足でしっかりと立っていた事に気付かされる。
頼もしさと一緒に、どういう訳か一抹の寂しさが胸をよぎった。
「そうか、医忍かー・・・。うん、なかなか良い選択肢かもな」
「本当?自分に才能があるのかどうか、すごい不安なんだけど・・・」
「いや、サクラなら絶対に大丈夫だ。じゃ、この事は五代目に伝えておくから、後で改めて弟子入りを志願してみるといい」
「うん、分かった。先生、どうもありがとう」
「どう致しまして」
「ねえ、カカシ先生・・・」
「んー?」
「私がもし綱手様の弟子になったとしても・・・、先生は先生だよね。ずっと先生って思っていていいんだよね」
「ハハハ、当たり前でしょ。オレで良けりゃ、いつだってサクラの元に飛んでってやるよ」
「ありがとう、カカシ先生!」
「頑張れよ。期待してるぞ」
「はーい!」
教室の入り口のところでサクラと別れた。
手を振りながら遠ざかるサクラを見送り、そのまま扉にもたれかかって天を仰ぐ。
「ふぅー・・・」
あー、そういやここって、初めてアイツ等に会ったときに黒板消し落とされた所かも・・・。
アカデミーを卒業したての、まだあどけなさが残る顔付きで。
それでも態度だけはすこぶる一人前で。
下忍合否のサバイバル演習でほんのちょっと脅してやったら、マジびびってたっけなぁ・・・。
「ははっ・・・懐かしいねぇ」
柄にもなく感傷に浸り、泣きそうになってる自分に驚いた。
「・・・さーてと、五代目のところに行ってくるか」
・・・・・・。
そして今じゃ一端の医忍だもんなあ。
大したモンだよ、サクラ。やっぱりお前はオレの自慢の・・・
ふわり・・・
ふわ・・・ふわ・・・
ああ、まただ。
またこの懐かしい気配が、すっぽりとオレを包み込んでくる。
何だろう。
まるで、ヒラヒラと細かな花びらが舞い散るように、優しく柔らかい―――
ふわり・・・ふわり・・・
ああ・・・そうか。そういう事か・・・。
どうして気付かなかったんだろうな、こんな簡単な事だったのに。
サクラ・・・
これはお前の気配だ。
お前がオレを包み込んでくれていたんだな。
闇に呑まれそうになる度、オレに救いの手を差し伸べて。
今も、ほら・・・。オレの手をしっかりと握って、必死にオレのために祈ってくれて。
手の平が温かい・・・。
いや・・・、身体中が温かい。
満開の桜のように艶やかに笑うお前を、全ての闇から守ってやりたいと思っていた。
いつまでもその笑顔が血に染まることのないように、守ってやるのがオレの務めだと思っていた。
なのにねー。
いつの間にやら、すっかりサクラに守られていたなんてなあ。
あはははは・・・
こんな事知ったら、お前一体どんな顔するんだろうな。
さも当然と、したり顔して笑うのかな。
なあ、サクラ・・・。
ふわり・・・ふわり・・・
自分の命に未練なんて、これっぽっちもなかった筈なのに・・・。
生きたい・・・。
どんな事をしてでも、生きてお前にまた逢いたい。
青臭くたって何だって構いやしない。
もう一度、お前の笑顔をこの目に鮮やかに焼き付けたい・・・。
心の底から、痛切にそう願った。
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